叶 郁州 の白昼夢

日頃思うこと、小説の紹介などを書きます。最近、amazon でキンドル出版を始めました。

三島の短編紹介(1)『 クロスワード・パズル 』

この短編は、三島由紀夫の短編集である「真夏の死」の中の一篇です。(この本は新潮文庫から出ています)

クロスワード・パズル 』は、1952年の作ですから、72年も前の作品なんですが、最近読み返してみても古びた感じはなく、なかなか洒落た物語ですよ。物語の舞台は熱海のホテルです。


当時の熱海は東京からの新婚旅行客のメッカだったようで、物語の冒頭でもその事が言及されてますが、この短編は平凡な新婚さんの話ではないのでご安心を!


主人公は熱海の高台にあるホテルのボーイで客室係です。なかなかのハンサムで、よく持てる男という設定です。
或る日の深夜に、彼の担当する301号室を予約した二人連れをホテル玄関で出迎える。この場面を本文から紹介しましょう。

 

下りて来たのは月並みの実業家タイプである。・・・美食のために万事大儀そうになった体つきをした、五十五六の無髯(むぜん)の男である。あとから、黒のアストラカンの外套を着た女が下りて来た。・・・。

女の外套は襟が海芋(かいう)の花のような形に項(うなじ)を覆うているので、その顔はあたかも黒い背景の前に置かれたように鮮やかである。
           (アストラカンとは、ミンクより高価な織物だそうです)

この女が車から降りようとした時、コートが車のドアに引っ掛かってしまい、主人公のボーイがすぐに外してやると、女が歯をきらめかせてにっこりして、「どうも」と言う。ボーイは「何てきれいな歯をしていやがる」と思いつつ、女に惹きつけられてしまう。

翌朝、主人公はこのカップルを食堂までエスコートし、その後彼らの部屋の片づけに行くが、女のことが気になってフロントへ戻ってくる。しばらくすると、男を食堂に残して女がロビーに出てきて、庭へ出る経路を彼に聞くので、庭まで案内する。そこで二人は短い会話をし、女はボーイに煙草をすすめる。まあ、こんな風にしてこのボーイは女の虜になってしまう。

 

翌朝、このカップルはホテルを出発する。ところが、ボーイが部屋を片付けていると、ルームキーが見つからず、フロントに聞いても返却されてはいない。鍵をうっかり持ち帰ったらしい。ボーイはまだ女との縁が切れていないと却って喜び、宿帳を見て、彼らの住所宛に「ルームキーを返却してほしい」旨の手紙を出す。

すると、二月十四日に、ボーイ宛の小包が届く。しかも差出人の名前が藤沢頼子という女の名前だったので、ボーイは狂喜する。ところが、中から出てきたのは当ホテルの鍵ではなく、熱海の「楽々ホテル」という別のホテルの鍵だった。何てそそっかしい女なんだと思いつつ、鍵をよく見ると、217という部屋番号で、しかもその番号の2と17の間に口紅で引かれた赤い線が見える。

ボーイはこの謎解きに熱中し、「2月17日に楽々ホテルで逢いましょう」というメッセージだと推測する。当日、そのホテルに夜に行ってみると、女がロビーの暖炉のそばに座っており、二人は217号室に消える。ボーイは深夜に部屋を出て自分のホテルに戻る。別れ際に女は前に持ち帰った301号の鍵を男に渡す。
もうこうなったら、「今度は3月1日にボーイのホテルで逢いましょう」としか考えられず、期待が膨らんでいく・・・。

 

3月1日に一体何が起こるのか? ここではまだ秘密にしておきます。読んでからのお楽しみということで・・・。